明日≒明日の風が吹く

前向きにチラ裏

テンションの悪さだけで休暇を取った

今朝、テンションの悪さだけで休暇を取った。

 

休暇連絡の何もかも布団の上でやって終わったらそのまま寝た。

今日は一日布団から出ないと決めていた。

 

家族はお構いなしに干渉してきて布団から引っ張り出すのである。

「手が空いてるなら車出してくれ」

「買い物に付き合ってくれ」

etc

 

実家暮らしの不愉快さ。

ニートの連中はウチの家族に一度でも振り回されてみるといい。

働かない生活などいとも簡単に維持できなくなるはずだ。

 

さて、実家が鬱陶しいなら自立すればいいだけのことなのだが、自立すると現状では基本給が安くて残業しなければ生活費で一杯いっぱい。ホワイト企業なので滅多に残業がない。

しかも自分には結婚願望があり、交際資金がなければしんどい。

 

と言っても、高校や大学でも大した恋愛はしてきていない。

出会い系などを利用してみても、気になる人ほど縁がない。

対人関係でこじらせてきた自分は、恋愛関係でよく例えられる転職フェアにおいても大概こじらせて帰っている。

 

どうしてこうなった。

「無理ゲーだ」と判断しがちな自分は、忍耐力がなく手を引くのが早い。相手がどんな人物であろうと、安全な人間関係が形成できないことを感じると闘争ではなく逃走本能が働く。

裏を返せば色んな難癖を付けて言い訳して現状に留まっている。もっと言えば執着している。踏めてこれたはずのステップを踏んでこなかったことがコンプレックスと化している。

周りが時間をかけて達成してきたことを、自分ではとっくの昔に消費期限切れを起こしていてやり直すことができないと思っているし、多分できない。

新しいことに挑戦することは多くの人が賞賛するけど昔のことにこだわることは多くの人が否定すると思う。失礼ながら表面的で薄っぺらくても欲望が満たせることを価値とする男どもはいくらでもいるのに、自分にはそれができない。

 

こんなくっだらねーことを思っていたら仕事がバカらしくなってノリで休んでしまった。これが癖になったら、終わり。

派遣プログラマは技術者かクリエイターか

音楽をやろうと思ったキッカケは幼少の頃に「パソコンを使って何かを作りたい」という思いの延長にあった

 

百々のつまり、音楽である必要は特になく、同時期にプログラミングに触れ、拙いながらもゲーム開発に講じたりもしていた

 

しかし10年以上の長い月日を経てゲームへの想いは冷めてしまい、今では社会貢献としてプログラミングを生業とし、音楽は趣味の範囲となっている

 

ゲームを作ることから仕事へ、つまり「人の役に立つこと」に転換した今では自分がやれることはどこかニーズのある企業へ自ら派遣で飛び込み、要求されたスキルを提供することに留まる

要するにクリエイターではなくなった

 

間もなく30を迎えるが、このままクリエイターではない自分を受け入れることが段々と出来なくなってきた

 

しかし作りたいものがないというモチベーションでは、事業を興したところで、自分は部下を持ち、彼らに自分の知識を伝え、そしてまた彼らは派遣されていくのが見えている

 

ジョブズ氏やイーロンマスク氏などの起業家はそういうこととは程遠い意識を持って人生を駆け抜けてきたと思う

 

音楽アーティストたちは曲を作って世の中に送り出すが、ある程度やった後は次に生き残りを賭けてプロデュースに努めることになるだろう

 

こんな発想力では人材派遣会社の延長にしかならないのではないか、というか自分自身の結論はそれだ、今ですら満足すべきで幸福だ

 

でも足らないのは何故なのか

クリエイターとしての本質はどこかへやったからではないか

パソコンでクリエイターをやっていた頃の自分からアグリーが出ていないのだ

ジンクスは破らなくてもいい

個人的な話

 

いくつかのバンド活動を経験してきて、

バンドとの出会いの数だけ別れの数も増えるものだけど

別れの理由を思い返してみたら良い終わり方したパターンは多分ない

 

よくある「音楽性の違い」とか

方針の衝突によるケンカ別れとか

理由も告げずにフェードアウトとか

 

経験した中で酷かったのは、出音で対立するパターン

 

バンドのリーダー格が音の希望を明確にできていない割に

現在の出音を不要なところまで細かく指摘してくるなどが当たる

 

具体的には

ボリュームが最大10の内0.5にしろとか

はたまた逆にスタジオのアンプが飛ぼうが何しようがトレブル0、BASSとマスター常時マックスが「いい音」と言われたりとか

「どこどこのエフェクターが一番音が良いから買うべきだ」とか

 

個人の実感としてはどれも正解じゃなかった

こんなことになると、こちらの演奏も聴かずに自分のプレイに酔ってばかりの人間と入るスタジオがまだマシに感じる

 

それはそうと、こういうパターンに陥ったバンドが売れていくかどうかと言われると正直わからない

他人の音楽に対して口出しする人間はそれなりに音楽への思い入れが強い連中なので、

時折才能を発揮してブチ上がっていくのもいると思う

少なくとも僕が付き合い切れなくなった人たちは今、一緒にバンドをやってくれている人が身近にいない状況にある

 

僕が疑問に思うのは、そこに自分の時間を投資した結果、望むところへ行きつくのかどうかというとこだけど

このジンクスを以て行きつくことは決してないだろう、という自戒を込めて

 

公務員になる資格もないやつが公務員になりたくないなど100年早い(改)

こんにちは。

 

私は学生の頃、公務員になりたいと思っていませんでした。

そんなのよりもっとなりたい職業がありました。

 

公務員のイメージというと

・毎日定時で帰れる

・事務作業ばかりで楽

・ほぼリストラされない安定感

 

と、良いことづくめです。

正直同じ条件で正社員か公務員かって言ったら公務員でしょう。

 

でも一度立ち止まって考え直しましょう。

 

これらのことってただ「私が言っているだけ」のことなんですよね。

 

実際の公務員の仕事は実は全くわかりません。

なぜなら、私は公務員ではないからです。

 

今の私は職業を選べる立場ではありません。

職業を選びたかったら日本なら学校を優秀な成績で卒業し、

名門と言われる学校に入学しなければなりません。

 

でも私はそんなことよりやりたいことがあったので、勉強を全くしませんでした。

 

結果、職業を選べない立場になった私は公務員になる資格すらない、

そんなのが公務員になりたくないと言うのは筋が通らないということです。

雲にも届け、痛みの塔

前の記事に書いたように、成長しない人っていうのも変わっていかないことだと思っている。

自分がものすごく人間というものを上から目線でいることは自覚してる。

でもそうしないと自我が保てない程に、自分はいろんなことに対してストレスを感じる。

 

ストレスになることを挙げてるとキリがないので、極論を言えば、生きていることがめんどくさい。

「めんどくさいなら死ねばいい」とは何回も言われてきた。

 

運動もめんどくさくて成人しても貧弱な体型だから、相性の悪い人に絡まれることを避けて夜も出歩けない程のチキンなのである。

 

いや、もはや社会不適合とでもいうのだろうか。

もしこの世界に社会というものがなくって弱肉強食がはこびる自然界ならとっくに自分は獲物になって死んでいるだろう。

 

結局のところ体で勝てないのわかってるから頭で勝たないといけない。

だから上から目線でいないといけなくなる。

 

そういう意味ではこのような環境に感謝すべきだ。自分は「生かせてもらってる」と思うべきかもしれない。

 

いいや、所詮すべての人は自分が一番大事なはずだ。

感謝するのも、めんどくさい。