明日≒明日の風が吹く

前向きにチラ裏

制裁は僕に下る

自分自身はコンプレックスの塊だという自覚がある。

学歴が三流だとか、背が低いとか、そういうものを世間ではネガティブな感情として敬遠しているように思う。

 

まあ、コンプレックスを抱えるのは良い事ではないと思う。

過去に他人から他人のコンプレックスを激しくぶつけられた時、自分は付き合いきれないと思った経験がある。

その他人と付き合いをしようと思ったキッカケが、よく言われるコンプレックスを受け入れようという試みであったのが尚良くなかった。

僕のやり方は、ただアンダースタンドしただけだった。

頭で受け入れようと思っても心で理解が出来ず、形としては抑え込もうとして尚更悪い循環に陥ってた。

 

こういう時の処世術を幼少期に理解していれば、と思う。

幼少期の自分は周りに興味がなさすぎて思い通りにいかないとすぐ泣くやつだった。身近な人、先生とか親とかがよく助けてくれた。

多分、それは良くなかった。自分で自分を助ける方法がこの時に身につかなかった。もしくはその才能がなかった。

先生や親が対応したことによって僕には別途報復があったから、周りが嫌な気分になった事には気付いた。周りの顔色を伺うようになった。自分は三軍レベルであって表立って目立つ行為をするのは相応しくない、と思った。

 

しかし、困難は続く。

元々が甘く自己中な性格だったので、他人と気持ち良くマナーを守るということがマニュアル通りにしかできない。周りには良い顔しといて実態は協調性がないことに気付いたのは中二病真っ盛りを経験した後。

(今からでも遅くないというけど、気付くなら早いに越したこともないと思う)

 

今、恥の多い人生を歩んできた、という言葉に無駄な共感をする。

世の中は所詮椅子取りゲームなのだから、僕みたいな三軍だったやつに対しては、僕自身が忘れた頃、隙を見せると当たり前のように刺激してくるやつの方が圧倒的に多い。

その刺激してくるのが自分自身でさえあり、これほど最悪なことはない。

 

コンプレックスを受け入れようという言葉が、死刑宣告にしか聞こえない。