明日≒明日の風が吹く

前向きにチラ裏

考え方のクセ

とある元カノと付き合っていた当時、その子に「25を超えたら価値観が固定されるらしいよ」と言われたことがある。

 

私には「価値観」とかいう言葉の意味がよくわからなかったのだが、仮に価値観の意味が「人生を生き抜く上で重要視するもの」とするならば、彼女の言う「価値観」には少々現実味がなかった。

 

彼女は社長令嬢で大胆で、そして世間知らずだった。1度訪れた場所には、どんなに美味なグルメがあろうとも絶対に2度目はない。珍しい体験が出来るのであれば治安が悪い場所であろうとリスクを顧みない。常に「価値観」を更新するために新たなものに手を出すべきだと彼女は意見した。

 

私の「価値観」は、自分や家族が人として生き抜く上で危険は避けることを重要視する。

安心がある場所に何度も足を運ぶ。好きなご飯があると分かっている所に行くし、危険な連中が少ない箇所を選んで行く。お金がないなら出費が発生しやすい外出はしない。

 

この価値観のややこしいところは、安心できるコミュニティを見つけてもコミュニティは流動的に人が変わるため、常に新しい場所を探さなきゃ行けないこと。高校や大学とかみたいな卒業まで短い連中しか集まらないコミュニティはあっという間に変化するから友達もあっという間に減る。就職しても会社の居心地が悪いと、すぐ退職する。

 

まあ、変な所で意気投合して私達は結局2年程度お付き合いして結局「価値観」がチグハグなことにも気付かず痛々しい別れ方をした。それでも2年間、彼女から言わせれば私は大事にされていたらしい。

 

多分だが、大胆不敵な彼女には大胆不敵な男が似合う。僕のようなサラリーマン体質でサラリーマンがお似合いのくせに会社に身を任せられない中途半端な人間よりも。

 

自己肯定感がたまらなく低くて、たまに死にたくなる。できるなら人生強くてニューゲームでやり直したい。25なんかとっくに超えた。固定された価値観というか、自分らしさという檻の中で私はただ孤独感と絶望感に襲われ続けるのだろうか。